次期経営者の選定と育成は非常に重要です。「どんな価値観や基準で選べばよいのかからない」「自社の方針に自信を持てない」と悩む経営者も少なくありません。これからの社会にはどんな変化や価値観が求められるのかを解説するとともに、次世代の経営者に必要なアクションを紹介します。
目次
「経営者」とはそもそも誰を指す?
「経営者」とは会社を経営する人であり、一般的には「社長」を指します。ただ最近は経営計画や組織づくりを共に行う人を含めて、経営者と呼ぶこともあります。状況に応じて経営者の範囲は変わることがあり、呼称に法的な根拠はありません。
では、経営者として責務を担う、法的に決められた立場の人は誰でしょう。これが「取締役」です。一般的に社長、副社長、専務、常務などの役職の人が取締役となり、この中から「代表取締役」が選ばれます。
文字通り会社の代表権を持つ人になり、ほとんどの場合、社長が代表取締役を務めることから「代表取締役社長」と呼びます。ちなみに、「役員」とは取締役のほか、会計参与と監査役まで含むことが会社法で定められています。
そこでこのコラムでは社長に限らず、今後会社の取締役になるべき人材、役員になるべき人材を育成するにはどうすればいいのかを紹介します。
現在と次世代の価値観の違いを知る
まずは現経営者と経営者候補との価値観や世代間のギャップを明確にしておきましょう。次世代の経営者となる人物は、具体的にどのような背景から、どのような考えを持っているのでしょうか。この記事における次世代とは、おもに「21世紀に生まれ育った人」と定義して話を進めていきます。
では、21世紀世代の特徴を考えるために、20世紀後半をピークとした社会の変化をおさらいしていきましょう。
利益優先から生産性を重視する「知識社会」へ
近代のイギリスでの「産業革命」以降、大規模な生産設備で業務の効率化を重視する工業社会は圧倒的なスピードで広がりました。その一方、自然環境に負荷を与え、人間らしいゆとりある働き方を後回しにするような社会でもありました。
この工業社会全盛の時代に、人々が疑問を感じ始めるきっかけとなったのが、20世紀後半のパソコンなどの情報端末やインターネットの出現です。大規模な生産設備に頼らず、人間の創造力でビジネスを成功に導く「知識社会」の始まりとなりました。
次世代の人びとはこの知識社会以降に生まれ育ち、これらの環境に幼いころから適応してきました。知識社会が始まって以降は多くのIT企業などが起業し、リーマンショック以降は「持続可能な社会」、コロナ禍の前後では「多様性」をキーワードに、人びとのアイデアや工夫によって、働く人びとの幸せと生産性を両立するビジネスを望む風潮が高まってきたのです。
知識社会を生きる次世代の人々は「多様な生き方、自分らしい生き方を実現すること」が最大の幸せです。そのため、次世代の経営者は「生産性向上を図ってゆとりを生み出していく」という考え方が求められるでしょう。この価値観のギャップがあることを現経営者は理解しておきましょう。
図:インターネットの時代、3つのパラダイムシフト
次世代の幸せと生産性向上の秘訣は共通している
一見すると、「生産性の向上」と次世代の人びとの理想である「多様性やゆとり」という幸せは結びつきづらいようにも思えます。この関係性を解明したのが、知識社会でビジネスを成功させたアメリカの巨大IT企業、Google(グーグル)です。
グーグルでは「プロジェクト・アリストテレス」と呼ばれる労働生産性についての社内調査を実施しました。プロジェクトの目的は、生産性の高いチームの成功要因を発見することです。
調査では、それぞれ同程度の能力を持つメンバーで構成された2つのチームを比較した際、「チーム内で協力し合っている」チームほど仕事の生産性が高くなるという結果が導き出されました。
また、各メンバーに「均等な発言機会」が与えられているチーム、そして、他者の感情を顔色から読み取れる「社会的感受性の高さ」がメンバーに備わっているチームほど、生産性が高いこともわかりました。
つまり、生産性を向上させるためには以下の項目を組織内で行うことが必要不可欠と言えます。
生産性の高いチームの特徴
- 個人の能力のみではなく、集団の協働による成果も評価する(協力の評価)
- 立場を超えたコミュニケーションをストレスなく取ることができる(意見の言いやすさ)
- 肩の力を抜いて仕事に取り組める良好な人間関係が構築できている(良好な人間関係の構築)
また、これらの要素は次世代が重要視する価値観である「持続可能」な働き方や「多様性」を実現することにもつながっていきます。組織の人びとが協力して意見を出し合い、良好な人間関係を保つことでメンバー同士の差異を認め合う風土が醸成され、長期的な労働を見据えやすくなっていくことが考えられるからです。
このように、次世代にとっての幸せは、生産性向上の成功要因と密接につながっていると言えるのです。
次世代の経営者育成に求められる3つのアクション
生産性向上を達成するための成功要因と次世代が求める幸せは、「協力の評価」「意見の言いやすさ」「良好な人間関係の構築」という3つの項目で共通することがわかりました。次は育成の実践編です。
次の3つのアクションは、これらの共通項目を経営者候補の選出や具体的な育成計画に落とし込んだものです。次世代の経営者のモチベーションを高めるためにも、実践していきましょう。
アクション1 「心理的安全性」を意識する
グーグルでは、「心理的安全性がチームの生産性を高める」と結論づけました。心理的安全性とは、心理学用語で「不安や恐怖を感じずに意見を出し合ったり、問題解決に取り組めたりできるような状態」を指します。
グーグルのプロジェクトからもわかるように、知識社会では、心理的安全性のある組織の業績向上と成長が実証されています。知識社会のビジネスに欠かせない斬新なアイデアは、肩の力を抜いて自分らしい形で発表できる場が無ければ、組織での共有に至りません。
その場は他のメンバーが意見を否定せず、積極的に耳を傾けることで成り立ち、「自分の知識を共有したい」と思える雰囲気づくりが必要なのです。
この心理的安全性をどれだけ確保できるかということが、次世代の経営者にとって欠かせない指標の一つです。現経営者もこれを意識し、次世代の経営者と共に心理的安全性を自社に根付かせていきましょう。
以下は、組織行動学を研究するエドモンドソン教授が提唱する「場の心理的安全性を高めるリーダーの行動」です。経営者育成に限らず、企業全体の心理的安全性と生産性を高めるために実践してみてください。
エドモンドソンが提唱するリーダーの行動
- 直接話ができる親しみやすい人になる
- 現在もっている知識の限界を認める
- 自分もよく間違うことを積極的に示す
- 参加を促す
- 失敗は学習する機会であることを強調する
- 具体的な言葉を使う
- 境界(規範)を設け、その意味を伝える
出所:『だから僕たちは、組織を変えていける やる気に満ちた「やさしいチーム」のつくりかた』斉藤徹(2021年クロスメディア・パブリッシング)
アクション2 「教える」「率いる」だけでなく、「引き出す」「支援する」
次期経営者の育成にあたり、その能力や育成内容に合わせて「ティーチング」と「コーチング」の両立を目指すことが重要です。ティーチングとは答えを教えることになります。
課題の早期解決にはつながりますが、育成される側は受け身になり、答えを与えられるのを待つ姿勢になってしまうのが問題点として挙げられるでしょう。
一方、コーチングとは「相手から答えを引き出すこと」。育成される側に自ら考える力を付けることで自主性をはぐくみ、自分の意見に対する自信を養う効果があります。
ティーチングとコーチングの両立は、言い換えれば「教える」「率いる」だけでなく、「引き出す」「支援する」育成法と言えるでしょう。
ある調査によると、親族承継で親の事業を承継したくない子どもにその理由を尋ねたところ、「自分には経営していく能力・資質がない」が第2位となりました。
多かれ少なかれ自分の能力や資質に不安を感じるのは当然で、支援しながら実践させて自信を付けさせることが大切です。
また、ティーチングとコーチングの両立は、現経営者が行うべき次期経営者に対するベストな育成法というだけではありません。次期経営者が引き継いだ後に日々の仕事に臨むとき、また、部下と接するときに求められる姿勢でもあります。
ティーチングとコーチングをバランスよく行うことで、自主性と他者を受け入れる姿勢が身に付き、知識社会のビジネスで重要とされる心理的安全性の風土醸成にもつながるのです。
ティーチングとコーチングの違い
図:ティーチングとコーチングの違い
アクション3 ビジョンについて話し合う機会を設ける
経営者の仕事で最も大切なのは、会社の方向性、つまりビジョンを示すことと言えるでしょう。現経営者によるこれまでのビジョンと、次期経営者によるこれからのビジョン。
これまで通りでよいのか、それとも変えるのか、変えるのであればどこをどう変えるのか。次期経営者候補はもちろん、現場に熟知した幹部候補も交えて話し合う機会を設けることは自社の将来の方向性を見出すうえで非常に重要です。
もし、新たにビジョンを設けるならば、以下3つを念頭に置いて考えることが必要です。
- 会社をどうしたいか
- 会社はどうあるべきか
- そのビジョンに無理はないか
会社をどうしたいか
まずは次期経営者候補の率直な考えを整理していきましょう。これまで以上に社会に貢献できる会社にしたい、社員が働きがいを感じられる会社にしたい、不正のない透明性の高い会社にしたいなど、いろいろな考えがあると思います。そして、これらを実現するために考えるのが、次の「②会社はどうあるべきか」になります。
会社はどうあるべきか
企業の定義について、広く一般には「利益を追求するための組織」と考えられることが多いようです。しかし、それだけが前面に出てしまうと、社内外を問わず人心が掌握できなくなってしまいます。では、会社はどうあるべきでしょうか?
江戸時代の近江商人の教えに「買い手よし、売り手よし、世間よし」の「三方よし」というものがありました。これは、現代にも通じるものがあると言えます。
つまり、社員と家族、協力会社の社員とその家族、お客さま、地域社会、そして株主と、幅広く会社にかかわる人たちの幸せを追求することが、企業としてのあるべき姿と言えるのです。
売上などの計数ではなく、自社やステークホルダー人びとを幸せにするための目標。こういった考えを基に自社らしいビジョンを策定するのがよいでしょう。
ビジョンの実現可能性
最後に、①②の実現可能性について現経営者と経営者候補の間で検証を行いましょう。元経営者の実体験に基づく知見を活かしながら、経営者候補の意見を引き出していきます。
時代背景や会社の総合力を考えて、あまりにも現実離れした夢のまた夢のようなビジョンでは、実際に働く社員が息切れしてしまい、モチベーションも上がりません。
逆に簡単に到達できるようなビジョンでは、会社や社員の成長が止まってしまいます。ビジョン設定は「少し背伸びすれば到達可能である」ところを目安とすれば達成感を得やすく、次のモチベーションにもつながっていくはずです。
次世代の価値観を理解することが経営者育成の成功につながる
次世代の経営者育成について多様な視点から考察してきました。
中小企業の経営者候補は親族であることも多く、その育成に当たっては必要以上に厳しくなったり、逆に甘やかしてしまったりするという事例も多いでしょう。
その際にまず取り組むべきなのが、お互いの価値観や考え方について話し合い、その意向を可能な限り受け入れ、応用させていくことです。
今回の記事でご紹介したようなアクションを取り入れながら、経営者候補が安心して自社運営に取り組むことのできる会社となるよう、現経営者の世代は積極的に行動していく必要があるのです。
(令和2年度第3次補正事業再構築補助金により作成)
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