少子高齢化をはじめ社会構造が変化する中、産業全体に人手不足が慢性化しています。この問題は特に中小企業で顕著となっており、「人材育成」が早急に取り組むべき課題となっています。
また、テクノロジーの進化やグローバル化など企業を取り巻く環境も変化し、人材に求められる能力や資質も変わってきています。
これからの企業これからの企業は、どのような人材を必要とし、どのように人財育成するべきなのか。人手不足の課題に直面する企業の“救世主”となるような人材を育成する方法について解説します。
目次
自立・自律し、自走できる人材の育成が急務
企業と個人の新たな関係から見る、今求められる人材戦略
慢性的な人手不足の状況を受け、人材獲得競争が激化しています。企業が持続可能な形で成長をしていくためには、付加価値を創出できる人材の確保と、そして企業側、人材の多様なあり方を活用する仕組みが重要なカギとなります。
「付加価値を創出できる人材」とは、急速に進む世の中の仕組みや価値観の変化に適応できる自律的に行動できる人材。未来を担い、社会で求められ続ける人材像を、人材育成の方向性とともに考察します。
真に必要な人材とは?ポジティブな成長マインドセットに着目
では、企業が求める人材、これからの未来に必要性が高まる人材とは、具体的にはどのような人のことを指すのでしょうか。これまでは、高いスキルと豊かな経験を持つ人が求められる傾向がありました。
しかし、技術の飛躍的な進歩により、知識やスキルの「賞味期限」は短期化していると指摘されています。だからこそ、時代に応じて自ら随時アップデートしていくことができる人材が求められるようになっているのです。
2016年頃から、VUCA時代※に求められる能力として「主体性と課題発見力」、「多様性を尊重し価値観の異なる相手との協働」、「リベラルアーツ」、「情報活用能力」、「双方向で真摯に学ぶ合う対話力」が挙げられるようになりました。
つまり、中小企業が今後求める人材像を考える上では、スキルや経験といった側面よりも、ポジティブな成長マインドセットにこそ着目すべきです。
※VUCA時代とは下記の頭文字をつなぎ合わせた造語で、ビジネスを取り巻く環境が目まぐるしく変化し、先の予測が困難な現在の時代のことを表しています。
- Volatility(変動性)
- Uncertainty(不確実性)
- Complexity(複雑性)
- Ambiguity(曖昧性)
VUCAに学ぶ経営については以下の記事をご参照ください。
企業が対応すべき個々の働き方に対する意識の変化
マインドセットだけではありません。社会のあり方とともに「働き方」に対する意識も変化しています。生きるため、生活するために働くという意識が主流だった「Work for Life」という従来の考え方に対し、近年注目を集めているのが「Work as Life」という考え方です。
仕事での苦しさ、辛さとのバランスを取るために、仕事とプライベートをきっちりと切り分けてどちらも充実させようという「Work life balance」ではなく、ワークもライフも一つのつながりとして融合させ、人生全体を豊かにするという思考です。
「Work as life」を実現するための具体的な構成要素としては、専門性の追求や自律的キャリアの形成、仕事と家庭の両立、生産性の向上などが挙げられます。
図:これかまでの働き方とこれからの働き方の違い
人材育成の基本的な3つの手法
企業が優秀な人材を確保するためには、一人ひとりが成長していきたいと意欲を持てるよう、企業として投資をして制度や体制を整えることが不可欠です。
人材育成の代表として、企業の現場で最も多く取り入れている「OJT(On the Job Training)」、OJTに対してOFF-JTと呼ばれることもある現場を離れた場で知識やスキルを身につける「研修・セミナー」、個々のマインドを変えるように努める「自己啓発」の3つの手法が挙げられます。
これら3つの手法はそれぞれを独立させて考えるのではなく、相乗的に機能させることでより高い効果が発揮されます。では、企業が成長を期し、経営戦略達成に向けて求める人材を育てるために核となる3つの手法についてそれぞれのメリット・デメリットもあわせて詳しくご紹介します。
実際の仕事を通して学ぶOJT
人材育成のための代表的な手法といえば、仕事を通して学びを深める「OJT(On the Job Training)」です。上司や先輩から仕事を通して学び取る方法で、日本の企業では重要視されてきました。
“生きた知識”やノウハウなどを、仕事のなかで経験を積みながら習得できる点や、個々の能力に最適な内容や教え方で学びを促せられるといった点が主なメリットです。また、教えられる側のみならず、教える側である上司や先輩にとっても、成長の機会になるという効果も期待できます。
一方で、教える側の上司や先輩の能力、教え方によって成長の幅に差が生じてしまいやすいというデメリットも。実践的な知識や技能に重きが置かれ、仕事全体の流れや会社としての方向性など、広い視野を得にくいという懸念点もあります。
OJTを効果的に取り入れるための4ステップ
OJTは、主に4つのステップの繰り返しとして説明することができます。
- 計画=部下が特定の仕事を遂行するために必要な能力や知識・技術は何かを明確にし、育成計画を立てる
- 観察=仕事を細かく分解して、一つひとつの進捗管理をする
- 評価=①を発揮し続けるために日々の行動に対して適切に働きかける
- 約束=達成できなかった成果に対しては、振り返りを行い、再挑戦に向けて支援する
このサイクルは、Plan(計画)、Do(実行)、Check(評価)、Action(改善)で表現される「PDCA」のフレームワークに当てはめることができます。
OJTの問題点
しかしながら、仕事の捉え方や産業構造が大きく変わり、テクノロジーが急激なスピードで進化する昨今。上司よりも部下の方が「ITスキルにおいては長けている」、「消費者や顧客心理に近く、実情を把握している」などといった逆転現象も少なからず生じています。
業務内容や業界の情報に対するアップデートが求められる中、これまでのように「上司が部下に教える」という一方的なOJTでは無理が生じます。そのため、部下の良さを引き出すOJD (On the Job Development=職場内能力開発)への移行も見受けられます。
ただしOJT、OJDいずれにしても、その場に適した臨機応変な指導が必要であり、指導者となる上司の意欲や力量に効果が左右されたり、効果にばらつきが生じたりするという難しさは否めません。
このように時代の変化やスピード感との不一致性を補い、さらに高い次元で人材育成の効果を高めるためには、外部の研修やセミナーを導入し、OJTと併用することも非常に有効的です。
外部研修・セミナーの活用
前述のOJTの補助的な意味合いとして、外部研修やセミナーを導入する企業も多く見られます。社歴や業務内容、役割などに応じて、特定の層に対して指導ができるため、効率的に人材育成が行えるというメリットが挙げられます。
従来は受講者が集まる集合研修が一般的でしたが、昨今は通信教育やEラーニング、リモートなどスタイルの多様化が進んでいます。
外部研修・セミナーで得られる効果
外部のセミナーや研修を利用することで得られる代表的な効果としては、下記の4つが挙げられます。
- 特定の層に共通して必要なことを一度に教えるため、効率的に人材開発ができる。
- 入社や昇進など役割が変化した時に、意識的にリフレクションを行い、次の役割に向けた準備の機会となる。
- 日常業務の中では習得できない理論や技法を体系的に学ぶことができ、多角的なものの見方を養うことができる。
- 経験の共有や情報の交換ができ、同僚との人間関係が形成される。
このようにOJTでは得られない効果が得られ、不足している点を補うことができます。
政府などの補助金制度を活用する
外部の研修・セミナーのデメリットとしては、費用に関する懸念点が挙げられます。新人、若手・中堅、管理職など、各層に十分な研修・セミナーを実現しようと考えた時、企業によっては予算的に難しいケースもあるでしょう。
そうした不安に応えるため、人材育成を支援する法律や助成金制度が整備されています。各制度の趣旨や内容を把握し、最適な制度を活用することで、企業の負担を軽減することができます。下記に助成金制度の一部を紹介します。必要要件を満たすならぜひ活用してください。
人材開発助成金(厚生労働省)
厚生労働省が行う助成金事業で、正社員への職業に関する訓練を行った際に発生した経費の一部を助成する制度。特定訓練コース、一般訓練コース、教育訓練休暇付与コース、特別育成訓練コースなどが設けている。
https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/koyou_roudou/koyou/kyufukin/d01-1.htmlキャリアアップ助成金(厚生労働省)
派遣労働者やアルバイト・パートなど非正規労働者の処遇改善や正規労働者への転換などに関する取り組みについて助成。
https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/koyou_roudou/part_haken/jigyounushi/career.htmlその他、自治体ごと助成金・補助金
社内型スキルアップ助成金・民間派遣型スキルアップ助成金(東京都 中小企業人材スキルアップ支援事業)
都内の中小企業または中小企業の団体が実施する短時間の職業訓練に対し、助成金を支給。
https://www.hataraku.metro.tokyo.lg.jp/jinzai/ikusei/kunren-josei/AI活用人材等育成支援補助金(京都府)
AIを活用した生産性向上による社内改革に取り組む府内中小企業を支援する補助金
https://www.pref.kyoto.jp/koyoshien/news/aikatuyouhojokin.htmlほかにも各自治体で様々な助成金制度を設けています。
外部研修・セミナーで得た学びを活かすために
外部の研修・セミナーで得た学びを有効に活用し、企業の発展へとつなげるためには、どのようなことに留意すべきなのでしょうか。そこでヒントとなるのが「インストラクショナルデザイン(ID)」と呼ばれる科学手法です。
「ID」は「学習理論(心理学)」、「コミュニケーション学」、「情報学」、「メディア技術」という科学的な考え方を基盤とした、研修の効果、効率、魅力を高める方法論です。その方法は、分析、設計、開発、実装、評価、そして再分析と繰り返します。
まず研修の必要性を考え「分析」することが重要になります。企業側の押し付けにならないよう、誰に、何の目的で、何を教えるのかをしっかり分析しましょう。
その上で、どのような方法で行うのかという、研修の「設計」図を考え、設計図に基づいた研修内容を「開発」・作成し、実践つまり「実装」する。研修後は「評価」に基づいて「分析」をし、改善を図る。このサイクルにより、研修の効力を最大限に反映することができます。
自己啓発
人材が育ち、成長するためには、本人が意思を持ってマインドを高める自己啓発も欠かせません。しかし厚生労働省の2016(平成28)年度「能力開発基本調査」によると、多くの人が「仕事が忙しい」という理由により、自己啓発の余裕がないと答えています。
そこで企業は、自己啓発を促す社内の風土を築くことが必要です。もともと学ぶ習慣のある人を多く採用することで、「自分もやろう」と周囲が刺激を受け、互いに高め合うということも手法の一つでしょう。また、影響力のある上司などのリーダーが率先して自己啓発に励む姿を見せ、促進することも有効です。
主体的に動くことができる人材育成を目指し、自己啓発を促す
人生100年時代といわれる社会を生き、求められる人材であり続けるためには、企業から与えられる役割やキャリアだけに甘んじることなく、常に自己研鑽を積み、志高く主体的に動くことができる人材であることが求められています。
企業としても、ビジョンを持って、自ら考え、行動に移すことができる人材に育てるために、社員に対して自己啓発を促す施策を講じる必要があります。
自己啓発で目標とするマインド
自己啓発を通して獲得を目指すのは、ものの見方や考え方の枠組みである「マインドセット」「主体性」「仕事観」です。AIの進化、デジタル化の普及などにより、ルーティン業務や定型業務は人の手を離れ、ルール通りにこなす業務は機械化などにより代替されていく可能性が高まっています。
今後、求められる人材像としては、考える力、課題を設定する力、やり切る力などを備えていることが挙げられます。この認知を社員にも広げ、企業としてはキャリア意識を醸成する機会を充実させていくことこそが、人材力強化につながるのです。
企業としていかに自己啓発を促すか
企業が個々人に自己啓発を促す方法としては、成長機会の提供や自律の支援などが挙げられます。また個々人に応じた最適なキャリア展開や育成施策を提供するためには、企業の成長(経営)の方向性と、個人の成長(キャリア)の方向性について、できる限り足並みを揃えることが重要でしょう。
そのために経営者やリーダーなど企業側の立場にある人は、従業員一人ひとりと密にコミュニケーションを取り、対話を重ねながら、意思の疎通を図ることが基盤となります。こうした社員の働く意欲・モチベーションを高めるための企業側の施策として、評価基準が明確な人事評価制度の導入なども並行して行う必要があります。
経営内容を公開し、利益をベースとした仕事観を社内に定着させるといったことも、意欲向上につながるでしょう。あわせて、トップダウン型組織を複数の小集団組織へと転換し、小集団のリーダーには利益確保の責任と利益分配の権限を与えるなど、経営者感覚を持った人材を育成することが近道となります。
キャリア別の人材育成の活用方法
新卒社員や中途社員などキャリア別の人材育成の活用方法を見ていきます。
新卒社員
新卒社員はまだ実務経験もなく、ビジネスマナーも身に着けていないことが多いため、社会人として必要な知識やスキルを学ぶ必要があります。
そのため、OJTやOFF-JTが有効です。特に、入社時は不安なことも多いので、上司や先輩社員が新卒社員の不安を和らげるため、仕事に関する悩みや課題解決のサポートに気を配ると良いでしょう。
中途社員
中途社員は、新卒社員とは違い即戦力として期待されています。ビジネスマナーの研修は必要ないかもしれませんが、業界の常識や企業によって進め方や文化が異なるため、基礎知識の研修は必要でしょう。
そのため、OJTやOFF-JTを組み合わせながら行いましょう。知識が足りないのであれば、通信教育やe-ラーニングも活用すると良いです。
管理職ではない中堅社員
中堅社員は、若手社員のお手本になる立場と同時に現場と管理職とつなぐ架け橋にもなる存在です。そのため、教育担当者向けのOFF-JTや自己啓発が必要となります。
なぜなら、OJTは中堅社員が担うことが多く、より効果的なOJTの実現のため、教育に関する知識やスキルは必要になるからです。また今後の自身のキャリアアップのためには、自己啓発をして習慣化することが必要となります。
管理職
管理職の業務は、部下の管理や育成が中心となり、部下の能力を最大件に引き出す能力を培うことが必要です。それらの知識やスキルを養うためには、OFF-JTや自己啓発が必要となります。
「人材育成」を経営戦略と捉え、効率的に推し進める
少子高齢化による数的な人材不足のみならず、社会の流れに対応できる未来型人材の不足など、今や人材確保は企業の将来を大きく左右する最重要課題とも言えるでしょう。
しかし、人材育成を進めるプロフェッショナルを自社内で育成し、全てを自社のみで完結させるためには、クオリティ的にも時間的にも非常にハードルが高い分野です。
個人が成長し、活躍できる企業であり続け、魅力的な企業として飛躍をするためには、採用や育成も含めた人材確保を経営戦略のひとつとして捉え、外部と連携しながら効率的に推し進めていきましょう。
(令和2年度第3次補正事業再構築補助金により作成)
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